水量も多い美瀑、世附川大棚 |
世附川は丹沢西端の山々に起源する水を集めて流れる。この川の源流の一つ大棚沢が、水の木沢と合流するあたりに大棚がある。
丹沢も西の外れとなるこのあたりまでくると目立つ山もなく訪れる人も少ないようだ。そのためか、この滝に関する情報も少ない。登山用地図にはこの滝が記
載されていて見ていたのだが、これまでこの滝を訪問することはなかった。
なにしろこの山域のアプローチがよくない。丹沢湖あたりでさえも東京に住む私にとっては遠く感じられる。その上、この川が丹沢湖に流れこんでいる浅 瀬集落はバスの行かない湖の西端にある。そこを起点に林道を延々と歩いて往復しなければこの滝を訪問することはできない。まだ見ぬ滝は国土地理院の地 形図には載っていない。1日がかりで訪れても、期待外れに終わる可能性を残していたのも躊躇していた理由の一つである。 先日、私はこの滝を西側から散策することを思いついた。地形図を見ていくと、切通という名の峠が大棚に流れ込む沢の源流部にあることに気づいたからだ。 この峠の登口は富士五湖の一つ山中湖の湖畔にある集落平野である。峠といっても、湖自体すでに1000m近い標高にあって 登りはほとんどない。緩やかな道を2kmほど歩けば峠に立てる。浅瀬集落より林道を延々と登っていき、ふたたび同じ道も戻らなければならないことを考えれば、 こちらのアプローチを使えば、峠を越えた後はひたすら下りの連続であり、かなり楽ができるはずだ。 次に、現地までの交通機関を調べてみると、まこと都合のよいことに、富士吉田駅から平野までバスが出ている。富士の登山口でもある富士吉田は少し遠い 感じもするが、中央線の大月で富士急に乗り換えるだけだから、首都圏からは以外と行きやすい場所である。10時ごろまでに平野に着いて歩き始めれば、距離 から計算して、夕方までに丹沢湖畔のバス停に着くことに問題はないだろう。 アプローチの問題が解決してしまったため、ためらっていたのがうそのように、早速行ってみたくなる。朝5時に三鷹の家を出、JRを乗り継いで大月に出た。ここで、 富士急に乗り換え、8時前には富士吉田駅に着いた。平野行きのバスは8時45分発である。駅前の1番乗り場でバスを待つ。市街地を出たバスは桂川に沿って忍野八 海に向かい山中湖に出た。湖を約半周して、9時21分、湖東岸の終点平野に着いた。 |
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切通峠に向かう
バス停の前で、湖を一周している道路から、2つの道路が分岐している。北側にあるのが、道志を通って津久井方面に向かう県道である。切通峠には、この県道のす ぐ南側で分岐している車道から行ける。車道沿いには民宿のテニスコートが多い。これらに挟まれた道路を歩いていくと、標識が道路脇にあって、峠には左折すればよ いことがわかる。ここに来るまで気がつかなかったのも不思議だが、ここには東海自然歩道が通っていた。標識はこの自然歩道を歩く人のためのものだ。左折して舗 装されていない道路に入ると、右手の斜面に歩道が登っていく。道標に従って、ここから歩道に入るといったん民家の脇に出るが、ふたたび緩い坂道で尾根に登って いける。背に山中湖と富士山が展望できるようになると、じきに休息用ベンチのある分岐点が現れる ここの前方に見える沢筋は、もう西丹沢酒匂 川の源流部である。分水嶺であるこの尾根で反対側に流れ出した水はいったいどこにいくのであろうか。先ほどバスからみえた桂川は相模川の一支流のはずであるから、 ここでたまたま西側に流れ出すことになった水は桂川を皮切りに、延々と丹沢山塊の北側を迂回した後、丹沢の水を集めた中津川などと合流して、相模湾に流れこむのだ ろう。丹沢東端の水系の源流部の一つは西丹沢のさらに西にあることになる。地質の偶然性に左右される川の でき方は本当に奇妙なものだ。 高指山に向かう東海自然歩道と分かれて、切通峠のある南に歩き始める。まもなく、地形図にも載っている平野からのもう一つの歩道が合流してくる。 次のピークを登って下ったところが切通峠である。進むとすぐに道が分岐している。右側の道は稜線上を登っていく感じなので地形図にある 道だろう。こちらを進めば問題はなさそうだが、左の道も進み方からみてこのピークの巻き道だと私は判断した。大した距離でなさそうなので、もし間違っていても戻ればいい と考え、こちらを進むことにした。 道はふたたび分岐していて、左に入ると送電線の鉄塔の巡視道であった。分岐まで引き返し今度は右側の道を進む。植林の伐 採された場所に出て、道がはっきりしなくなったが、踏み跡をたどっていくと階段状に整備された道が続いていた。しかし峠ではなく鉄塔に向かっている。ここで選択を誤 ったことに気づく。この歩道も送電線の管理用のものだ。最初の分岐の時、稜線上を登っていく道を進まなければならなかったようだ。もう右の前方に峠と思われる場所が 見えているので適当に下ってしまうことも考えたがすこし急である。道の向かっている鉄塔のすぐ下には林道も見えているから、このまま下っていく方が無難なようだ。 大きな鉄塔の下に出た。道は鉄塔の反対側に続いていたが、踏み跡がやっと残る程度で荒れている。林道はこの鉄塔のすぐ下に見えていたから、ここまで来 て引き返すこともないだろう。やぶをかきわけて下ることにした。少し面倒だったが林道に出れた。 これからはひたすら歩くだけだ。沢沿いにつけられた林道は下っ て行きさえすれば、いつかは集落に辿りつくものだ。もう誤る余地はない。あとは目的の大棚を見失わなうことのないように注意するだけである。歩き始めるとすぐに切通 峠の方から下ってきた林道と合流した。判断ミスによって少しだけ回り道をしてしまったが、時間的には15分ほどのことだ。無事予定していた道筋にもどれたのであるから 何も問題は残らない。 沢の流れはまだ小さく道のすぐ脇を流れている。この沢の流れがやがて大きな滝になっているのだろう。 利用されずに放置されているのであろうか、この林道は落石や崩れた跡が続く。自然にもどりつつある路床には、鹿の糞もある。注意して林道を歩いていると、 鹿の警戒音と草の擦れる音が聞こえた。沢の対岸に目をやれば3頭があわてて逃げていくのが見えた。 大棚を探す ときおり早瀬を流れる水音は聞こえてくるが大棚はまだ見つからない。歩くにつれて、沢底は次第に深くなっていき、流れも大きくなっている。林道を1時間ほど下ったから そろそろ目的地の大棚に着いてもおかしくない。確認のため地形図を見ようとして、初めてそれを無くしていることに気づいた。先ほど林道に出たあたりで落としたらし い。無事林道に出れたからか気を抜いていたようだ。現在地を確認できなくなってしまったから、沢を注意深く見ていくしか方法はなさそうだ。 なかなか滝らしい音が 聞こえてこないから、もう過ぎてしまったのではないかと不安になったころ、突然急流を流れる水の音が響いてきた。沢に目をやれば流れは水しぶきをあげて勢いよく滑り落 ちていっている。規模からみてこれが大棚であることは間違いない。河原に降りれそうな所を探しながら林道を進む。何のことはない、道路脇に大棚7分と書かれた札まで建 てられていた。ここから入り歩道を河原に下っていけば、上流側に、大量の水が轟音と水しぶきをあげて落下していた。沢底を歩いて写真を撮ろうと岩の上に立つと、引きずり こまれそうな恐怖感を感じさせる、不気味なほどに冷たい色をした深い釜が水を蓄えていた。 滝を後にする 1時間ほど滝の前で休んだあと帰路につく。まず林道までもどり、歩き始めるとすぐに水の木沢の林道と合流した。沢も大棚の少し下で合流していて、ここから世附川が始まる。 林道から大棚沢の方を見ると、木々の間に大棚が見えている。川に沿って下っていく途中には、発電施設が点在している。この豊富な水量を活用するために開発されたのだろう。 幸い大掛かりなものはなく、堰堤も比較的少ない。川に入っている人も釣り人ぐらいのようで、河床も荒れていない。 合流点の水の木橋を渡ってから1時間30分、対岸には4段の細 い滝が落下しているのが見える。少し先に標識が立っていて、夕滝という名であることがわかった。また、すぐ下には、小山側に越えている世附峠から不老山に登るハイキングコー スの入口となる吊橋が架かっていた。一度に一人づつしか渡れない木製の本格的な吊橋である。ふたたび林道沿いを下れば、10分ほどで浅瀬橋につく。かつて峠を越える往来が あったのであろうか、橋の元には馬頭観音が祀られていた。もう集落はまじかだ。 集落に出て林道は終わった。施錠された門があって、車はここから奥へは入れないようになっていた。舗装されたダム湖岸の道路を1時間ほど歩いていけば、丹沢湖の中央 に架かる永歳橋の脇にある浅瀬入口のバス停である。車道を歩いていると、滝壺橋という名の橋が架かっている。流れこむ枝沢は滝となって湖面に落ちていた。暗い湖面に落下する この滝はけっこう美しい。ここからは、沢の流れ込みを注意して見ていくと、滝になっているところが続いていた。今日は、あまりにも迫力のある滝をもう見てきてしまった後だから、これ らは取るにたらない存在ではあるのであるが、その気でさがせば、このあたりには滝は無数にあるものなのだと実感させられる。長い落合隧道の歩道を歩いて越えると、バス停に出た。 |
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訪問のために
<交通機関>JR中央本線大月で富士急に乗り換え、富士吉田駅下車。 駅前のバスターミナル1番乗場から平野行きに乗り、終点下車。 小田急新松田駅から 西丹沢自然教室行きに乗り、浅瀬入口で降りて林道を往復する方法もある。 御正体山,駿河小山,山北の3枚が必要。 御正体山 |
夕滝 | 滝壺橋の滝 |
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