下りの中央線、電車が初狩駅を走り出し、線路が傾いたあたりで、右前方に見えている
のがこの滝子山である.中央線で往復するたび、寝てでもいなければ、まずその姿を見落とすことはないから、これまで私はいったい何回この山を眺めて
きたのであろうか.鋭く突きあがった山容だけにその姿も記憶に残りやすい.
しかし、このあたりの他の山々と同様、私はずっとこの山の名前を知らないままであった.笹子のあたりは、甲府盆地に抜ける通過点、わざわざ降りたことは
なかったし、意外なことに地図をしっかり見たこともなかったのである.この山に興味をもったのは、昨年笹子雁ケ腹摺山の山頂に立ったときのことだ.東に見
えていたこの山が滝子山という地図上のピークに一致することをはじめて知ることになった.その後、車窓からよく観察すれば、いつも見えていた山がどうやら
その滝子山であることがわかった.
滝子山、初狩駅あたりからの遠望では、山頂部3つのピークが確認できる.海抜1590mの三角点がおかれているのは、3つの中で東側に位置した方のピー
クである.最高点はここではなく真中のピークのようで、三角点は10mほど低い場所に設置されている.もうひとつの西に位置するピークにむかって、笹子側
から駆け登っている急な尾根が寂ショウ尾根、この上に登山ルートがある.山頂部まで一直線に登っているから、登路としては最短距離のようだが、笹子の谷
に切れ落ちたこの山の急峻さをそのまま登ることになり少し手ごわそうなルートだ.
笹子側からは、もうひとつ、大鹿川を遡って北側から山頂を目指すルートがあって、こちらは一般向けに整備されているようであるから、こちらを使うべきなの
だろう.私も一応、こちらの一般向けのルートを使おうと決めて出かけてきたのだけれど、登山用地図上に線が引かれている寂ショウ尾根、こちらも捨てがたい.
入り口の整備具合で判断することにした.
笹子駅で降り、国道20号を東に歩く.吉久保入口バス停のところで左折し、JRの線路の下を超え、右折すると、静かな町並みの中に稲村神社がある.
ここを左折し、神社の奥でさらに右折、中央道の上を渡ったところが、大鹿林道の入口であった.そのすぐ先に寂ショウ尾根ルートの分岐があった.さて、判断のし
どころだ.登山道として、むやみに使ってはもらいたくないのか、特に手を入れている形跡はなかった.今日は雪の後でもある.岩場もあるようで少し不安が残るが、
登ってみて、もし私の手に余ることがわかったなら、その時点でいさぎよくもどることにした.何しろここはアプローチの良い山なのだ.いつかまた出直してくればよい
だけであって敗退の未練は残らないだろう.
結局、寂ショウ尾根を進むことにした.大鹿林道と交差するところまでは、道筋ははっきりしていた.林道から上は、尾根の背をそのまま辿っていく感じで、薄い踏
み跡を見落とさないように進まねばならない.ややきつい急坂を登っていくと、尾根は細くなってきて、岩場に達した.寂ショウ尾根の詰める部分の凹凸は岩の露出
したやせた尾根で道は決して良くない.解けかかった雪が残っていたから、岩の上はすべりやすくてヒヤヒヤさせられながら進みことになった.左に折れていくと、
コブの上に出た.さらに西に折れて進む.雪と泥が混ざりぬめって足元が悪い場所を登ると稜線に出た.
稜線の北側ではかなり厚い雪が残っていた.ゆるい雪を踏みつけながら最初のピークに登る.ピークの上は狭かったが、見事な展望が開けた.しばらくの間、腰掛
けて休むことにした.残念ながら、晴れていれば、近いだけにかなり大きく見えていたであろう真正面の富士山は、裾の部分が
わずかに確認できただけだ.
富士は見えなくても視界は広い.笹子川の谷は、かつては、甲州街道、現在は中央線、中央道と交通の要衝だ.東西に走っている線路に、車輪の音を響かせて白い車体
のあずさが走っていくのが見える.中央道を行き交う車が発するサーサーいう音も響ている.川筋を一直線に縦断している中央道の上には、今朝渡った架橋も見えていて、
その手前には今登ってきた尾根が右手にあがってきているのがわかる.こんな鳥瞰を独り占めにし、そこの動きをいちいち覗き込むのは、下界からの現実逃避をたのしんで
いるような気がして、ちょっと気持ちが良い.今、ここに住む人々の間では、静かな日曜日の午前中が進んでいるのであろう.
写真をとり終え出発する.いったん鞍部に降りて、次のピークに登ることになる.ここは少し広い.見晴らしも良く、北側の大谷丸や雁ケ腹摺山を見渡すことができた.
東の方角には、大岳山らしき山も見えていた.
ここで食事をとる.帰路は初狩駅にむけて降りることにした.雪が残り足元の悪そうだ.下りはじめるとすぐ大鹿林道コースの分岐に出た.その先に三角点のピークである.
写真だけとって、そのままやりすごし東に下っていくと、分岐点に出る.ここから下の檜平まで新旧2つのルートがあるようで、どちらが良いかわからないので新道を進むこ
とにした.
折り返しながら、高度を落としていくと、檜平の表示、先ほど分かれた旧道の方もここで合わさってきている.南に向けて進むと歩道は尾根を離れて左折する.
ここから急な下りである上に雪が凍っていて足をとられたりして気を抜けなかった.沢に下りつくと沢沿いをしばらくたどり堰堤の上に出た.
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寂ショウ尾根 |
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岩場の出てくる寂ショウ尾根上部 |
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寂ショウ尾根をピークから見下ろす |
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展望の良い最高点のピーク |
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三角点のある峰 |
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桧平 |
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尾根を離れる |
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初狩駅付近よりみた滝子山 |
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