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百尋の滝

奥多摩の滝をあげていくとき、筆頭となるのは、この百尋の滝であろう.尋、手を広げた幅である1.8 メートルを示し、百尋あれば180メートルとなる。奥多摩エリアでは最大規模の滝であり、水量も豊富で 迫力もある方だが、さすがに実際の落差は30メートル程度だ。

この百尋の滝は川苔谷にある。地図をひろげてみれば、その所在地は、埼玉県の県境部にも近い意外にも 奥まった場所である。奥多摩駅の北方に位置する川苔山は、日帰りにちょうどよい海抜であり、多様なルートを 有することからも、奥多摩の山行でそれを代表するような山だ。

その西側に位置している谷筋が川苔谷であり、日原川に流れ込んでいる。谷筋には林道が敷設されていて、 途中にある細倉橋から、百尋の滝へ向かう探勝道がついている。ほぼ谷に沿ってつけられた歩道は、瀬を見下ろ し、時に沢床、流れのすぐ脇を経る水辺の道、時に滝の水音を響かせるせせらぎ、周囲の木々の彩りをあわせて 楽しめる、この滝の散策は、季節にかかわらず魅力あるものだ。

探勝道の続きは川苔山の登山道であり、百尋の滝を訪れた後、山頂に向かう登山者の姿も多い。滝への散策、 山頂を目指す山行と、訪問者それぞれ自分に合わせた訪問を楽しみたい。



探勝のためには、そこまで往復する適度な山歩きが必要とされるこの滝は、そのことによって魅力を増しているの かもしれない。滝に着けば、適度の達成感が加わり訪問に充実感を与える。そしてその価値に値する自然の懐に触れた 満足感は、その帰路、四季おりおりの美しさに輝く水辺の道をより印象深くするように思える。

もし、秋川にある払沢の滝のように、この滝も駐車場からすぐ立ち寄れたとしたら、奥多摩の名勝として観光客が 増えていたのかも知れないが、奥多摩の奥深い沢を経験する機会を失ってしまったことだろう。

奥多摩の山々に刻まれた谷筋は深い。その奥には様々な造形が存在しているのであろうが、それを目に触れるのは 容易ではない。

昭和6年に書かれた田部重治の「東京都下の山と峠」という一文では、入川谷にある早滝や布滝は出て いるが、これらは沢を登って見れるものであって、私も訪れたことがない。意外なのは、この百尋の滝の名が出て こないことだ。地元では知られていただろうし、その当時でも一部の登山者はここを通過していたのかもしれない が、日原への車道も、日原川南岸を走っていた時代のことである。訪問者はほとんどなかったと思われる。

昭和30年代にこの川乗谷にも林道が整備された。中流部まで容易に入れ、その後の登山ブームで沢筋の道を 歩くその特異な点も手伝ってか、川苔山の表玄関といえるこのルートは登山者が増え、この滝の名も広がっていっ たと思われる。

行程の前半を林道歩きとする川苔谷探勝路は、手軽なハイキングコースであり、思い起こせば私の奥多摩とのかかわ りもここで始まっている。それは、東京で暮らすようになった15年近く前のこと、休日、日々の町の暮らしを離れ、 自然に触れようと、好きであった滝を探すことにした。そして、ガイドブックで川苔山登山ルートの途中にこの滝を知 った。

奥多摩とよばれている山間地が東京にあることを知ったのもこの時のことであると思う。さっそく次の日曜日、 電車を乗り継ぎ初めて奥多摩駅で降り、記憶に残ってはいないがバスに乗って川乗橋で降りているはずだ。 海辺に育ち、海抜1000メートルを越える山の登りがどの程度きついものなのか見当もつかなかった、その時の私 は、山頂までいくことは最初から考えていなく、この滝を目当てにした散策だった。

その後、友人達とハイキングの行き先としてこの滝を選んだこともあるし、休日のちょっとした散策先として重宝 するがゆえに訪問したこともあった。だから、本格的に山に浸るようになるまでの私にとって、奥多摩に出かけること は、この百尋の滝を訪れることであったともいえる。

だいぶ後になって、ある年の瀬、友人と山に登ってみようということになり、その行き先は川苔山に決めたことが ある。よく知っていた川乗橋から入り滝へ立ち寄っていくことにしたが、それはちょうど右岸の岩が崩落し立ち入り 禁止になっていた時期のことだ。それまで何回となく訪れ記憶に残っていた美しい河原とは異なり、一面土砂が積もり 、冬ゆえに色どる木々の葉もない殺伐と風景に対面することになった。

この崩落では、百尋の滝の下にあった小さな滝は埋没してしまった。やがて土砂が流れ去り、いつかはもとにもどる ものと期待していたのであるが、今でもその面影を垣間見ることもできない。自然景観は変わっていくものであること を思い知らされるし、それにこの崩落が上部を走る林道の開削にも関係しているようで、必ずしも自然の振る舞いを見 ているわけでない点、ちょっと残念な気がする。

冬の川苔谷

良く知り尽くした百尋の滝への道ではあるが、私自身冬に訪れた経験はきわめて少ない。 沢筋についた細いルートゆえに、桟道で新雪を踏み抜いてしまったら、また一旦溶けて氷ついた岩場で 足を滑らしたらと、やはりその危険にためらうからである。

実際には、さすがに登山者の多い川 苔山だけに、運良く冠雪直後に登らない限りトレースはしっかりしていてそう困難ではないが、 美しい雪景色が待っているとはいえ、単独で出かけるのは気の乗らないものである。

百尋の滝

百尋の滝

雪の川苔谷を訪れる

土曜の夜、今年に入り2回目の降雪があった. 夜が明け日が照り始めれば、自宅前の積雪は消えていったが、川苔谷ならまだ残っていることだろう、久しぶりにこの沢を歩いてみる ことにした.

奥多摩駅に着くと、乗りなれた日原行きのバスがちょうど停まっている.冬の午後、バスの乗客は私以外いない.冬の日曜日、わざわざ 寒々しい鍾乳洞を見にいく物好きもいないだろうし、この時刻から山に入る人もいないことだろう. 川乗橋のバス停に着くと、バスを待っている下山者のグループがいた.季節がいつであろうと、降雪があろうと、川苔山に人影は絶えな いようだ.

今日はそもそも出発が遅かったし、時間が限られている.林道は歩きとおし歩道に急ぐ.それでも、最初の木橋のところに到達した ところで、早々引き返す予定でいた時刻を迎えた.雪の百尋の滝を見ずに敗退しなければならないのは少し惜しく思えるが、いくら勝手 知った川苔谷とはいえ、ここは引き返すしかない.

2001年1月 訪問

滝

細倉橋を越えたところが探勝路の起点で、 沢沿いにつけられた歩道に入る.昨晩積もった雪に覆われているけれど、四季登山者の絶えない川苔山、真新しい踏み跡が続い ていた.すぐ歩道が沢よりだいぶ高く離れていくところ、下から轟音が聞こえ、沢幅いっぱいに釜が広がる.

 木々に葉がある時期であれば、葉の影に隠れてしまうその存在をやっと確認するだけの滝であるが、今日は雪景色の中、 冷たく静まり返った滝壷にすべり落ちる姿のすべてを見せてくれた.

川苔沢 歩道の橋 川苔沢

雪に覆われた川苔沢. 冬にこの沢を訪問する場合、積雪や結氷を考えて入らなければならない.

ice snow

氷結した湧き水.

日原川対岸の尾根.

百尋の滝を探勝する
百尋の滝 Hyakuhiro_no_taki 百尋の滝 Hyakuhiro no taki

百尋の滝。実はこの2点の写真、私が最初に奥多摩を訪れたときのもので89年6月4日に撮影されている.

林道

五月始めの奥多摩は彩豊かで本当に美しい。新緑に囲まれた百尋の滝を川乗林道より移す.2008年5月。

滝のインデックス
沢右手に川苔沢が流れ、この入口部分も谷幅は狭く深い.

探勝は、川乗林道を歩くことで始まる。谷が日原川に合流する場所に川乗谷のバス停があり、ゲートで閉まった林道に入る。

入口から林道はしばらくの間右岸についていて、路面は綺麗に舗装されているが時折落石が散らばっている。水の流れる沢床から だいぶ高度を増し、右手に岩が立つ場所に出る。この下あたりには、聖滝と呼ばれる滝があるが林道からは見えない。

さらに、進むと竜王橋という橋に出て左岸に渡る。このあたりは瀑流帯であり、左手の沢筋から激しい瀬音が聞こえ、覗き込むと連続 する滝が見える。前方に立ちはだかる高い岩、その険阻な岩を切り開いて路面はなお続いているが、次の細倉橋を渡ったところで 探勝路に入る。

探勝路に入ると両岸が狭まった沢の真横を進み、まもなく滝の水音を聞く。路は細く、そこから垂直に切れたった下に大きな淵があって そこに滝が流れ落ちている。右に折れると滝の上に出て、橋で対岸に渡るようになっている。

林道

狭い谷に沿ってつけられた林道(登山道入口のある細倉橋付近).

淵のある滝

歩道に入り間もなく現れる滝。細まった歩道から滝壷を見下ろす感じで、もし踏みはずしたらと考えると、覗き込むのは 怖いほどだ。

沢
長滝

長滝。このあたり歩道は左岸を通っていて、左手に水を勢いよく滑らせる横縞の入った岩塊が現れる。長滝の名のある滝で美しい が、滝より高い位置についた歩道から見下ろすしかない。

滝

長滝のすぐ先にある小さな滝。ルートは滝の右端となる岩の上のステップを登って、滝の直上に架かった橋を右岸に渡る.

沢

3つめの橋の上から見た上 流側.このあたり歩道が沢床に近く、岩面上をすべる直線の流れは、上を覆っている緑のトンネルと合わさって美しい. 川苔沢探勝の核心部である.

沢

4つめの橋から早瀬を見下ろす. 橋を渡れば右岸の植林中の中の登りになって、沢の流れと遠くなっていく.

百尋の滝

川苔山登山道と分かれ、はしごを下ると百尋の滝に対面する.

map

百尋の滝は川苔山登山道の途中にある.山頂まで行かず渓谷沿いの歩道だけ歩いてこの滝で引き返す人も多くいるようで、 その場合半日程度の散策になる.沢沿いゆえに訪れるのは新緑から夏のあたりがベスト、また沢沿いの木々の色ずく紅葉の季節も良い. もっとも、訪れやすい場所であるだけに、新緑や紅葉の季節であれば、休日ハイカーでこみ合うのが難点かもしれない.

冬の沢筋は木々も葉を落としてしまって寒々しく、滝の水量もぐっと減ってしまって滝を訪問する魅力は減ずるだろう. 沢沿いにつけられている探勝道は、時に積雪が残り凍結していたりするから、この季節の訪問には注意が必要. 岩  交通機関は、奥多摩駅から、西東京バス東日原行きに乗って、川乗橋で降車する.バス停には、苔ではなく乗という漢字が用いられている. 山間路線であるにもかかわらず、比較的運行本数が確保されている. 奥多摩駅からそれほど遠くなく必要ならタクシーを使ってアプローチすることも可能.少し前のことで、記憶が正確ではないけれど 1000円ちょっとでいけたはずだ.ただ、近年タクシーの常駐はなくなったので事前に連絡しておく必要がある. また、帰路ちょうどバスがない時間停であれば、駅まで歩いてしまう方法もあるだろう.その場合駅まで1時間ほどを要する。

川乗橋で降りたら、バス停の看板のすぐ横に始まる林道をたどることになる.車止めゲートの横をすり抜け、美しい沢の流れ を見おろしながらの散策をはじまる.めざす百尋の滝まで、行程のほぼ半分がこの川乗林道の歩きとなっている.

沢の流れがやや東に向かっていき、高い植林の林となるとカーブミラーのつけられた大岩の前に出る.この岩の下あたりに聖滝 という名の高さは低いが白色の岩肌を持つ滝があるとのことであるが、私はまだこの滝を見ていない。

岩のすぐ先に立ち下を覗き込めば瀬音が聴こえ、早瀬らしき流れも少しは見えている.林道はかなり高い所についているから、こ のあたり直接沢底に降りることはできないので、少し手前で沢に入り遡行するようだ.そんなことがあって気にはなりつつも、いつも ここは通り過ぎてしまうことになる.

林道は竜王橋で左岸に渡り、次の細倉橋で再び右岸にもどっている。林道を歩いていると見落としてしまうが、沢には滝が続いていて 水量の多さもあって豪快に流れ下り、瀬音も一段と響きわたっている。迫力のある川苔沢の核心部に入っている.すぐに細倉橋に出て、 渡ったところに、探勝道の入口があり、百尋の滝経由川苔山に向かう登山ルートの起点でもある.

まもなく探勝道の右下に、大きな釜のある低い滝が見える.歩道からそのまま切れ落ちている感じで、青々とした釜を覗きこ むのは恐ろしさすら感じられる.この滝のすぐ上で歩道は本流を横切る.続いて左下に長滝と呼ばれている岩肌の美しい滝が現れ る.ここも沢側は切れ落ち滝の前に降りることはできない. そのすぐ先にある大きな釜をもつ低い滝の右脇を登り橋で対岸に渡って支沢を越える.さらに橋で左岸にもどったあたりから、 渓谷探勝の山場となり、夏であればあたりの木々の葉が作る緑のトンネルの下水が流れ下っていく姿は美しいかぎりだ.岩肌に張り 付くように狭い探勝道が続く.対岸に渡り木段を設置した植林の道を登ると、やや平坦な道が続いている.

沢に降り、ここの橋は流出していて渡渉で対岸へ渡れば急な登りが始まり、これを登って百尋の滝の分岐へ出る. 滝は見えていて、はしごを下っていけば水しぶきの降り注ぐ沢床に立ち、百尋の滝の直下へいくこともできる.

bus stop 曳鉄線
川苔橋バス停は林道の入口バス停の下流側には、日原川をまたぐ曳鉄線がある.
<所要時間の目安>バス停から細倉橋まで45分、そこから百尋の滝まで45分くらい.歩き方によっては、林道部はもう少し時間が短くなるだろうが、百尋の滝までしか いかないのであれば、林道からみる沢も美しいから、ゆっくり探勝していく方がよいと思う.
<地形図> 奥多摩湖、武蔵日原(二万五千分の一)
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川苔谷 晩秋

紅葉

植林されずにのこされた谷筋の木々は四季の変化を楽しませてくれる.

新緑の季節には、一斉に空を被いはじめた若々しい葉に目をとられ、さまざまな種の木々がそこに存在していること を忘れてしまうのであるが、それがちりゆく晩秋には、それぞれみずからの存在を色彩によって主張し、ひとつひと つ葉は散っていく.

(右)晩秋の川苔谷. (下)竜王橋から右岸の岩を見上げる. 沢 紅葉