尾瀬ヶ原の西に位置する、至仏山は海抜2228メートルのピークである。東端の燧ヶ岳と共に尾瀬ヶ原の景観において背景をなし、 原に立てば、長い木道はあたかもその懐に吸い込まれていくように見え、その幅広の姿によって原の奥行を作り出す大切な要素となって いる。
天気の良い日であれば、尾瀬ヶ原からは麓の部分を除いて樹林のないなだらかな斜面を持つ、並んだ2つのピークとしてその姿を見る ことができる。このうち左手が至仏山であり、海抜が1400mあたりの尾瀬ヶ原と実際には600mの標高差があるのであるが、幅が 広いためか、見た目ではその高度差を実感しにくい。
登山道は、鳩待峠から西に登っていき、田代という小湿原のあたりで方向を北に変えて稜線部分にはいり、小至仏山、至仏山と登って いくルートがアプローチのよさもあって利用されることが多い。鳩待峠は自家用車で入ることもでき、瀕客期で道路が規制される 場合でも、頻繁に運行されているバスやタクシーで入れることから、ここを起点に往復すれば日帰り登山を容易に行うことができる。
ただ、この山に登るとなれば東面登山道と呼ばれている尾瀬ヶ原から登るルートこそ、その展望の良さゆえに魅力的だ。こちらのルート は、まさに尾瀬ヶ原から見えている至仏山に登るものであり、山頂までほぼ一直線の直登ルートである。
ルートは滑りやすい蛇紋岩の露岩や礫の上につけられていることから、それらを避けて植生帯に入り込む登山者がいたこと、蛇紋岩は滑 りやすく下山時に事故が起こりやすいことから、こちらは現在上り専用の歩道となっている。
鳩待峠は1591m、この登山道の起点である山の鼻までまず200m近く下ることになり、それに要する時間と下ってしまった分を登 り返さなければならないので、山頂に立つことを目的とした場合に選ばれないのは無理もない。
しかし、鳩待峠側のルート前半部は、さほど魅力のない樹林中の登りが長く続くことから、こちらをわざわざ往復することもないと感じられ、 多少困難でも、尾瀬ヶ原から登って帰路を鳩待峠に取るのがベストなルート選択であろう。
東面登山道の起点は、尾瀬ヶ原探勝の拠点となっている山ノ鼻に設けられた研究見本園の端にある。尾瀬ヶ原の西端、山ノ鼻は、鳩待峠か ら木道の整備された歩道を下ることになり、1時間ほどあればビジターセンターや山小屋の並ぶその一角に達する。ここに、尾瀬ヶ原方面と 研究見本園の分岐があり、左に入ると見本園にはいり木道を歩くとまもなく登山道への分岐に出る。
右手に折れれば研究見本園の周回コースで長短2つのコースが設けらていて、一周して先ほどの分岐のところまで戻ってく る。樹林に向けてまっすぐ進むほうの木道が、登山ルートで湿原が終わったところが登山道の入口になる。
登山道に入ると、さっそく木組みの階段を登る急な登りとなり見通しのない樹林中を進むことになる。30分ほどで森林限界を超え、 小さなテラスが設置されている。ここから山頂まで、尾瀬ヶ原とその後ろにある燧ヶ岳の展望が常に得られる爽快なルートであるが、 一方ひたすら木製の階段を登ることにもなり、通常の登山道と異なったきつさが待ち受けている。
樹林帯を終えると、最初は牛首当たりの尾瀬ヶ原西側が見えているが、その視界は登るに連れて増していき原の全貌を俯瞰するようになり、手前の 森林の縁には、山ノ鼻に建ち並ぶ山小屋の屋根を確認することができる。木段の登りはずっと続き、地名もなく標識もない単調な登りゆえ現在地の確 認も容易でない。
露岩の並ぶ高天ヶ原に出ると表示がある。左手に折れるように進むと山頂部へかけての最後の登りで、目的地がだんだん近づいてくる から、ペースも自然と早くなることだろう。左手に小至仏山のピークも見え、山頂に着く。
山頂には、三角点がありその周りで休息することになる。すぐ南には岩稜のピークがあり、 その先に小至仏山がある。眺望はすばらしく、会津、日光の山々を確認できる。すぐ北東には先ほどまでずっと 背にしてきた尾瀬ヶ原の平原が広がりその背後に燧ヶ岳、南東に目をやれば、駐車場と建物のある鳩待峠の位置が確認でき、 そこまで結構長い帰路の道のりを予想することができる。
山頂のすぐ南に茶色の岩礫が積み上がったピークがあって、この脇を小至仏山へのルートが通っていく。岩の積み上がったところを超え下りに入ると、 稜線西側は尾瀬ヶ原側とは異なって深く切れ落ちていて、このピークは西側に続く岩稜の上に乗っていたことがわかる。
前方に見えている小至仏山に向けては、しばらく下りが続く。登り返しに入ると思っていたよりもわずかな登りで小至仏山のピーク上に出る ことができ、再び下り始めると長い木段が続き、その先にはオヤマ沢田代が見えている。
木段を下り終えるとベンチのある休息テラスが設置されていたので、ここで休むことにした。ここからは尾瀬ヶ原が北東の方角にやや遠望す る感じになる。
下山を再開し、木道が現れれば小さな湿原であるオヤマ沢田代に出る。木道で渡ると樹林帯の中のルートで東に向かっていく。 その先の木道が設置され見晴らしのある場所では、前方に鳩待峠が確認できるが、まだだいぶ距離があるようだ。このあたりでやっと峠から山頂までルート全体の半分だ。
あとはひたすら峠に向け、登山道を辿ることになる。木道が整備された区間を終えると、歩道は流水で削られた溝の底を進む場所に出、ルートの の整備状態の差に驚かされる。
その先、樹林の中の歩道を20分ほど下ると、ついに鳩待峠の駐車場に出た。
所要時間:東面歩道の登りは、休憩をのぞいて2時間 (私が実際に登った時の記録に基づく).山頂から鳩待峠への下りは、1時間50分(同休憩を除いた私のタイム)