尾瀬ヶ原は、至仏山と燧ヶ岳と2つの山にはさまれている.東側に位置するのが、 燧ヶ岳で、尾瀬ヶ原側にある柴安ーというピークは2356m、絶好の展望台であって尾瀬に通い始めたものにとっては一回は立ってみたい場所であろう.私は、長蔵小屋から長 英新道を利用して登ることにした.
長蔵小屋二代目主人の名を冠したこの歩道は、昭和35年につけられたというから、尾瀬の登山史の中で決して古いものではない.それまでは、沼西岸の沼尻平に始まるナデッ 窪がこの山の登山に用いられていた.そもそも、明冶22年平野長蔵が燧ヶ岳にナデッ窪から登ったことが、長蔵小屋創始のきっかけであって、その翌年燧ケ岳登山のため行者 小屋を北岸の押出沢に設立しているとのことだ.その後建てられた初代長蔵小屋も今とは違って沼尻にあった.
現在の長蔵小屋は東岸大江湿原の南にある.沼北岸を行く歩道は樹林中に入るとまもなく木道で浅湖(あざみ)湿原を横切る.この浅湖湿原をまくように長英新道は 始まる.
長蔵小屋のキャンプ場を発ち、朝霧のかかる大江湿原を横切って樹林中に入るとまもなく分岐があり登山道に入った.私が最初に尾瀬に足を踏み入れた時以来、この
あたりは何度となく通過しているのだが、この登山道に入るのは今日が始めてのことだ.登山道分岐は、標高1660メートル、山頂までは700メートルあまりの登りが待っている.
樹林中の倒木を乗り越えながら進んでいると、突然林中響き渡る大きな音に驚愕する.何が起こったかと音の方角に振り向けば、枯れ木がまさに倒壊していく瞬間であって、
もろく砕けた木片が飛び散っていくのが見えた.もし直下にいたならと恐ろしさを感じるが、尾瀬の山々全体でみればこのようなことは毎日起こっているのかもしれない.こんな瞬間を
目撃できたのは貴重な体験として、尾瀬の思い出のひとつとして記憶にとどめておくべきだろう.
湿原を巻く部分はほとんど平坦で、西に折れ始めて緩い勾配になりはじめたが、このあたりもまだまだ平地を歩く感じだ.尾根上に乗っかったと思われるあたりから さすがに傾斜は強くなり、道もよくはなくなっていく.木々の根元を攀じ登るように高度を稼いでいく.
ミノブチ岳に出た.ミノブチ岳は南東に突き出たピークで展望も良く腰を降ろし休憩する人々が並んでいる.南側の端に座って沼の姿を見下ろすと、沼尻あたりが 直下に見えて、まるで鳥となって沼を俯瞰しているような気持がする.しばらく見入っていて、予定していた時刻を超過しての出発となった.
遠望した燧ヶ岳は、複数のピークが確認できる.北の2つはーと名のつくピークで、最高点は北西に位置する柴安ー2356m.もう一方が俎ーで、こちらに二等三角点は設置されていて標高は2346メートル、10メートル低い. 地形図にあるのは、これら2つと、たった今通過したばかりのミノブチ岳、尾瀬ヶ原から見えている南端の大きなピークである赤ナグレ岳.このピークは道もなくて訪れることはできない. さらに、地形図には名のでていないこれらの中心に位置する御池岳があるので、山頂部には5つのピークが並ぶ.尾瀬沼、尾瀬ヶ原いずれからも中央部に見えている緩い起伏が御池岳で、 燧ケ岳の中央火口である.山の主が取巻きより貧相なのは、火山の宿命だ.外輪山上の際立つ2つが燧ヶ岳を代表するものであるのは当然であり、これらにーという名がつけられているのは、 会津側から見た場合これらの双峰は崖の険阻な見えをもっているからであろう.
燧新道から登ると、ミノブチ岳でまず外輪山の南東に達して、内側に入り御池岳の脇を通り抜けて北東に位置する俎ーに登るようになっている. 尾瀬沼からのもうひとつの登山道であるナデッ窪は、外輪山南西の切れ目から沼尻まで一直線に走っている谷である.
俎ーに向かう最後の登りは、どこの山でもそうであるように、急斜面を折り返しながら登っていく決して楽しいものではなかった.前を行く人々の歩みは次第に遅くなっていくようで、 行列の隙間は進むにつれてどんどん詰まっていく感じだが、そうかといって追い抜くほどの余力もない.勾配は確実に増しているのだが、精神的にはそのことを忘れて、頂上を前にして ペースは知らず知らずあがっていっているのである.
俎ーに立つと、すぐ西方に同じーいの高さのもうひとつのピークが見えた.これが柴安ー. |
俎ーに着く.岩の転がる狭いピークには、登りの苦から開放され休息を取る人が所狭しと座っていた.三角点もあるから登頂記念に写真を撮っているが、すぐ隣に見えている同じような ピークが10メートル高くて、山頂はより高いあちらの柴安ーとすべきであろう.いったんコルに下りるので、腰をおろしてしまうと進みたくなくなるかもしれないが、それほど高度差はないので、 いたって簡単だ.最後の急場を攀じ登りピークに立つと、何より尾瀬ヶ原の展望が美しい. ここから、隣の赤ナグレのピークとの間に発している沢に沿って下るのが見晴新道で、今日はここを下ることにした.
柴安ーの西は尾瀬ヶ原. 見下ろす尾瀬ヶ原は緑一色、夏の湿原が見渡せる.真中には一筋の木道が走り、拠水林の曲線は、蛇行する川のありかをしめしている. |
沢に出ると展望は失われ、登りに使ったのなら辛いだけであろうが、原生林の中を一気に下るこのルートは下山には快適なルートだ.長い下りに足元もふらついてきたころ、ちょうど道は平坦となり、 尾瀬ヶ原から見えている木々に覆われたあの裾の部分に達したようだ.ここで一休みしてから、歩き出すと、まもなく尾瀬ヶ原林道に合流した.白砂峠側にそのまま戻ってもよいが、下山の後は、 まずは冷たいビールを飲みたい.下田代に寄り道してから戻ることにした.
秋の尾瀬ヶ原からみた燧ヶ岳