バスを協同牧場で降り、早くも暑くなり始めた
農道を歩き始めた。文句なしの快晴で、沢に入るには絶好の日和だ。積丹町の役場もある美国の集落を後にすると、国道229号線周辺は農牧地域となる。こ
大きな街はなく、積丹岳の麓に点在する農家が現れるのみだ。
積丹大滝 協同牧場バス停もそんな所にあって、よく整えられたアスファルト舗装の農道を進むと、ステンレス製のタンクローリーが畜舎の入口に横付けされていた。
15分ほど歩くと一直線に進んできた農道は終わり、右にコンクリート製の貯水池がある。地図にもあり予定どおりの道をきていることを確認した。
ここを右に折れて大滝沢に沿って着けられている細い車道を進む。尾根の北側を道路は進むから、日射しは遮られ沢の方から吹く風に急に涼しくなり、
蝉の泣き声も耳に入るようになってきた。水門のあるところで泥濘んだ道路は終わる。車が入れるようにしてあるのは、この取水堤の管理のためであ
ろうか。
沢登り用のシューズに履き替え、カメラを入れた防水ケースのふたが閉まっていることを確認し水に入る。真夏とはいえ、
水はかなり冷たい。ここから先へいくのは、私のような物好きだけだろう。踏み跡らしきものはまったくない。
水量はそこそこあるが流れは穏やかで、これならわざわざ繁みの中に踏み跡を探すまでもない。それに、こんな日はずっと
水に浸かっていたい気分にさせるほどの盛夏だ。流水に逆らって一歩一歩前進していくのがなんとも気持ちいい。
水の冷たさが気にならなくなったころ、右側に少し赤っぽい大きな岩が転がっていて、進路は左に折れていった。慣れてき
たのと、流れが浅くなりいくらか緩くなったからであろうか。気持ちに少し余裕が出てきたようだ。ふと周りを見回してみると、
うっそうとした繁の中に今自分がいることに気づいた。沢の水音の中で、背中のクマ除けの鈴の音が響く。そういえばヒグマは大丈夫だろうか。
心配ごとを探し始める余裕が出てきた。ここは、北海道の原生林の中である。食料も豊富にあることだろうし熊が暮らしていても不思議はない。
覆っていた木々の天井はなくなり、笹の壁の上には青一色の空が見えていた。このあたりから、流れは一段と緩くなり、川幅も少し広がっ
た。木立の中を流れる美しい清流といった写真写りのよさそうな風景で、水際の青々とした木々の並びもじつに美しかった。
水に入ってから30分ほど歩いているので、いったん荷物を下ろして休むことにした。水辺の石には、蜘蛛が網を架けていた。
すぐ脇を流れている流れから飛び散った水滴が引っかかり網はきらきら輝いている。沢筋に生えているフキの大きいのも、北海道の沢に
いることを思い出させた。まだ、北海道旅行をしたことのないとき、知り合いの北海道出身の人とフキについて話したことがあった。
北海道でフキといえば、ここに生えているようなコウモリ笠の替わりに使えそうなものが普通のようで、東京で食卓に並ぶものしか知ら
なかった私と話がかみ合わなかった記憶がある。
再び歩き始める。流れはまだ静かなままだ。沢底にも太陽が差し込み始め、水に浸かっていても暑くなり始めた。ところどころで流れは分かれ、
中州に数本の木が取り残された場所を何回か越えた。沢は右に折れ始め、地図をみれば滝はだいぶ近づいてきているように感じた。
目的の滝に近づき、次の瞬間に見えるかもしれないと期待し裏切られ、これを繰り返すのも滝訪問の楽しいところである。期待どおりには姿
を見せてくれないものだ。
右手に大きな露岩が見え、水しぶきをあげて落下している。これが大滝に間違いない。手前右岸にも細い水流が滑り落ちている。
まずは大滝に行くべきだろう。すぐ下には1mぐらいの落差があって少し深い渕が手前に広がっていて、流心からは登れそうにないの
で、右側の大石をよじ登る。平らな河原の先に深く広い滝壺が水をたたえていた。
河原に腰を下ろし、滝を見上げ、達成感に浸る。滝の周りは木々はなく青い空は広かった。